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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)78号 判決 1996年9月03日

控訴人

井尻浩義

右訴訟代理人弁護士

田辺照雄

被控訴人

今井俊一

外九名

右一〇名訴訟代理人弁護士

村井豊明

川中宏

中島晃

加藤英範

田中伸

高山利夫

藤田正樹

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文一ないし三項と同旨

第二  事案の概要

請求の類型(訴訟物)、前提事実及び争点は、原判決の「第二 事案の概要」の一ないし三記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二丁表一〇行目に「支出決定及び支出負担行為」とあるのを「支出負担行為、支出命令」と、同二丁裏四行目に「他府県」とあるのを「京都府及び他都県」と、五丁表七行目に「一九日」とあるのを「一三日」と各改める。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一 住民訴訟たる本件訴訟において行訴法一五条の準用があるか(争点1(一))についての当事者の主張と当裁判所の判断は、原判決の「第三 争点に関する判断」の一記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決八丁裏六行目の「他方」から同裏末行の「ことになる。」までの記載を削る。

二 本件争点において、本件控訴人との関係で、監査請求前置が充たされているか(争点1(二))についての当事者の主張と当裁判所の判断は、原判決の第三の二記載のとおりであるから、これを引用する。

三  本件各支出の違法性及び京都市の損害の有無(争点2(一))について

1  当事者の主張は、原判決の第三の三の1、2記載のとおりであるから、これを引用する。

2  当裁判所の判断

(一) 地方公共団体の財務会計の処理は、地方自治法、地方財政法、地方自治体の財務に関する条例、規則等に従って適正に処理されなければならない。地方自治法は、二三二条以下に支出に関する定めを設け、地方公共団体の財政の運営に関する基本原則を定めた地方財政法は、予算の執行について、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないと定め(同法四条)、京都市も京都市会計規則により、支出に関する細則を定めている。このように関係法令によって、地方公共団体の支出負担行為、支出命令、支出は、予算の範囲内において、正確、厳正、公正に処理されることが求められているのであって、真実に合致した会計処理をすべきことがその前提とされているといえる。したがって、右のような会計の基本原則に反し、虚偽架空の事実に基づいて会計処理が行われ、公金が支出された場合、かかる公金の支出手続は、それだけで当然に違法である。

これを本件についてみると、原判決添付別表(1)、(2)の名目欄記載の会合が存在せず、虚偽架空であることは、前示(引用に係る原判決第三の二)のとおりであるから、本件各支出手続は、右財務会計上の基本原則に違反し、違法であるといわざるを得ない。

(二) 控訴人は、本件各支出は、原判決添付別表(1)、(2)の実際欄記載のとおり実際に開催された各会合の費用として、各債権者と飲食契約を締結して負担した債務の履行として支出されたものであり、債権者、金額等支出の本質的部分は本件各支出と一致し、単なる手続上の過誤があるにすぎないから違法性は低く、また、京都市には損害はない旨主張する。

これについては、本件各支出は、その手続が財務会計上の基本原則に違反し、違法といわざるを得ないが、京都市に損害が生じたか否かは、更に、本件各支出が実際に開催された会合の飲食費として支出されたものであるか、右会合は行政目的の遂行するため有益なものであるか、支出額は相当か否か、予算の範囲内における支出か否か等諸般の事情を検討し、実質的に判断すべきものと解すべきである。そこで、右の見地から京都市に損害が生じたか否かにつき、検討する。

甲一〇、一一、乙三ないし一三、一五ないし二〇、原件原審における証人岡本重雄、原件被告平野之夫、同今川正彦、同清水芳信及び取下前原件被告下薗俊喜、原審における控訴人の各供述を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 昭和六〇年から昭和六一年二月にかけて、京都市民生局同和対策室では、円滑かつ適切な同和行政を行うためには、同和地区住民らの理解と協力を得るほか、同和地区からの各種の要望や忌憚のない意見を聞くことが必要であるとして、各地区の関係運動団体に所属する幹部等の地元関係者と協議、懇談の機会を頻繁に持っていたが、出席を依頼した地元関係者に相応の時間を確保してもらう日程の都合や打ち解けた中で具体的な課題につき本音で話し合い意見を交換するとの見地から、昼食又は夕食の時間帯にかけて協議、懇談の場を設定することがあり、この場合には、料亭等の飲食施設において、京都市側で費用を負担して、京都市職員と地元関係者が飲食をともにしながら、協議、懇談を行うこともあり、このような協議、懇談の場として原判決添付別表(1)、(2)記載の実際欄記載のとおり開催された。

(2) 同和対策室では、右当時、この経費支出を伴う協議、懇談を開催する必要性や内容等については、所管事業に精通する担当部局の責任者である同和対策室長下薗俊喜等が立案し、専決権限を有する民生局庶務課長井尻浩義から包括的な事前承認を得ている範囲内において、同和対策室担当者が飲食施設と利用等の契約を締結していた。

飲食を伴う協議、懇談の開催に係る経費の会計処理手続において、出席者の氏名、役職名を明記することは地方自治法、京都市会計規則等法規上は要件とされていないものの、内規(昭和四四年一月二四日総務内五六号による「傭車、接遇等の取扱いについて」の依命通達に基づく昭和四四年一月二四日総務局長による「傭車、接遇等の取扱基準について」と題する通知)においては、明記することが求められていた。

しかし、同和対策室では、右当時、飲食を提供して地元関係者と協議、懇談を行った場合に、これが外部に明らかになると、事情を熟知していない第三者に京都市と地元関係者が癒着しているなどとの無用な誤解や印象を与えかねず、また、これを懸念する地元関係者の不安を払拭し、協議、懇談を円滑に開催実施するためとの見地から、飲食を提供した地元関係者の氏名・住所・役職等、これを特定し、飲食を伴う協議・懇談の実在を基礎づけるに足りる事項については一切明らかにしない方針を採用し、地元関係者にもその旨約束をしたうえ出席を得ていた。

この方針のもとで、同和対策室では、右飲食を伴う協議、懇談に関しては、会計処理の文書以外は稟議、決済、記録、報告等に係る文書は一切作成せず、また、会計年度ごとの決算において市議会が決算を認定するに当たり、市会議員による書類の点検調査に際し明らかになることを回避するため、会計処理の文書にも実際の協議・懇談内容を記載しないこととしていた。このため、原判決添付別表(1)、(2)記載の実際欄記載のとおり開催された協議、懇談の際の飲食費用につき、各飲食施設(債権者)から請求書に基づき請求がなされると、これに応じて、対応する同名目欄記載のとおり、便宜、京都市民生局ないし同和対策室職員が都府県の同和行政担当者を地区施設視察や協議等の件名で接待したとの理由を記載した各経費支出決定書案を作成し、これに基づき、専決権限を有する民生局庶務課長井尻浩義において、支出決定書を作成して右経費につき支出決定をしたうえ、支出命令書(なお、同書には債権者の請求書が添付される。)を作成して右経費に係る支出命令を発し、債権者に対し、領収証(なお、領収証も支出命令書に添付される。)と引き換えにその請求に係る金額の公金を支出していた。

なお、右実際欄とこれに対応する名目欄の各記載において、①開催年月日の一部が異なるのは、多数の事務処理を後日まとめて行うことがあることに伴う京都市の事務処理手続等の問題(多数の事務処理を後日まとめて行った場合、処理日が遅れたとの印象を与えない日にずらして変更し、債権者の料理飲食等消費税は毎月末日までに前月分を納税しなければならないとの負担を回避し、また、一人当たりの会合経費が京都市の接遇基準よりも多額に及んだ場合には会合を二回開催したこととして分割処理したもの)によるものであり、②人数の一部が異なるのは、出席者を便宜記載したことによるほか、事前に予約した人数と当日欠席者が出るなどのため出席した人数とが異なることがあったためであり、③京都市吏員の役職・地位とその氏名の一部が異なるのは、名目欄に記載した他都県の吏員の業務・役職・地位との接遇上の対応ないし均衡を図ったことによる。

また、同和対策室では、請求書の記載を名目欄の記載に適合させるため、債権者に依頼して、名目欄の記載に沿う内容を記載した同一金額の請求書の提出を受けており、これに基づいて前記会計処理手続が行われた。

右認定説示したところによれば、本件各支出は、手続上は、原判決添付別表(1)、(2)記載の名目欄記載の協議、懇談の飲食費として支出されたものであるが、実際には、右名目欄記載の協議等に対応して実際に開催された同実際欄記載の協議等の飲食費として支出されたものであること、右実際に開催された協議等は、同和行政の円滑、効果的な推進等に協力を求めるため有益なものであること、右支出額は実際に要した飲食代金で、京都市の予算の範囲内において支出されたことが認められる。

そうすると、本件各支出は、いずれも実在する行政上有益な協議等の費用として、その実際に要した金額につき、正当な債権者に対し、債務の弁済としてなされたものであり、しかも右費用のため支出された金額は、社会通念上不相当なものではなく、また、右支出は、予算の範囲内にあるから、本件各支出により京都市に損害が発生したということはできないというべきである。

(三) そうすると、控訴人に対する本訴請求は、京都市には本件各支出により損害を生じていないから、その他の点を判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

第四  結語

以上のとおり、被控訴人らの請求は理由がないから棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官志水義文 裁判官納谷肇 裁判官髙橋史朗は退官につき署名押印できない。 裁判長裁判官志水義文)

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